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最高裁判所第三小法廷 平成2年(あ)500号 決定

本店所在地

東京都豊島区東池袋四丁目二七番地五号

株式会社

恭和企業

右代表者代表取締役

旧姓二木 吉波恭男

本籍

東京都豊島区高松二丁目四二番地

住居

同 豊島区高松二丁目一〇番地一〇号

会社役員

旧姓二木 吉波恭男

昭和一三年四月一八日生

右の者らに対する各法人税法違反、宅地建物取引業法違反被告事件について、平成二年四月一一日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

一  弁護人早川晴雄の上告趣意のうち、憲法一四条違反をいう点は、実質は被告人らに対する公訴提起についての訴追裁量の濫用をいう単なる法令違反の主張であり、その余は、量刑不当の主張であって、適法な上告理由に当たらない。

二  弁護人渋田幹雄及び同仁藤峻一の各上告趣意のうち、実質所得者課税の原則に関して判例違反、憲法三一条違反をいう点は、実質は法人税法一一条の解釈適用の誤りをいう単なる法令違反の主張、及びこれに関連する事実誤認の主張に帰するものであって、適法な上告理由に当たらない。

なお、本件宅地二筆の取引が譲渡価格二六億四三九六万円の売買であるとしてその売買代金全額について譲渡所得であると認定した原判断は、正当であって、実質所得者課税の原則に関して法令違反及び事実誤認は認められない。

三  弁護人渋田幹雄の上告趣意のうち、本件宅地二筆の売買金額につき当事者間に争いがあって未収部分の所得が未確定であることを前提にして、税法上の権利確定主義に関して判例違反をいう点は、原判決は、前記のように譲渡価格二六億四三九六万円の売買契約が当事者間に明らかに成立し、右契約に基づいて当該事業年度内に大半の代金支払いと所有権の移転が行われている本件宅地取引について、受領すべき代金全額について所得が確定している旨の判断をしているのであって、結局、所論は、原判示に沿わない事実関係を前提とするものというべきであるから、その前提を欠く。のみならず、そもそも税法上の権利確定主義とは会計理論上の発生主義に対応するもので、未収部分の所得ありと認定され得る限り、たとい相手方との間に争いがあるとしても「収入すべき金額」に該当するのであって、この点の所論は、税法上の権利確定主義に関する判例の趣旨を正解しないものというほかない。したがって、右の点は、適法な上告理由に当たらない。

四  弁護人澁田幹雄のその余の上告趣意は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反の主張であり、同仁藤峻一のその余の上告趣意は、判例違反をいう点を含め、実質は事実誤認の主張であり、いずれも適法な上告理由に当たらない。よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 可部垣雄 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

平成二年(あ)第五〇〇号

上告趣意書

被告人 株式会社恭和企業

同 二木恭男

右の者らに対する各法人税法違反、宅地建物取引業法違反被告事件について、平成二年四月一一日、東京高等裁判所が言渡した判決に対し、上告を申し立てた理由は、左記の通りである。

平成二年八月二九日

弁護人弁護士 早川晴雄

最高裁判所第三小法廷 御中

目次

第一点 法人税法第一六四条、第一五九条及び国税通則法第六八条は憲法第一四条に違反する。

第二点 原判決の量刑は甚だしく不当であって、原判決を破棄しなければ、著しく正義に反する。

第一、情状に関する原判決の認定について

一、原判決が被告人に不利と判断した諸情状

(1)乃至(5)

二、原判決が被告人に有利と判断した諸情状

(a)乃至(h)

第二、原判決認定の情状事実についての検討

一、逋脱額と逋脱率について

(一)本件逋脱額(率)認定の根拠となった経済的事実の変則性について

(二)実質主義の原則及び租税力の原則について

(イ) 実質課税の原則から見た本件の評価

(ロ) 担税力の原則から見た本件の評価

(三)税法上の評価と刑法上の評価について

(四)現行法人税(及び土地重課)の税率について

(五)巨大上場企業における逋脱事犯との均衡について

二、動機について

三、不正工作について

四、無免許営業について

五、原判決が有利と認定した事業について

第三 その他被告人のために配慮されたい情状

一、被告人らに再犯のおそれが無いこと

二、被告人の改悛の情が極めて顕著であること

三、大局的見地より見た場合の原審量刑の具体的不公平さについて

四、被告人の心情と将来について

第四、結び

第一点 法人税法第一六四条、第一五九条及び国税通則法第六八条は憲法第一四条に違反する。

国が、その一般統治権に基づいて、国民の法規違反行為に対して科する制裁として、その反社会性ないし反倫理性を処罰する本来の刑事罰から、単に行政上の目的による市民の義務違反に対する各種行政罰ないし賦課金等に至るまで、その違反の度合いに応じて種々の制裁措置があり、違反者に対する制裁的効果と併せて一般予防的効果を期待することによって、当該法規の実効性を担保するのを目的としているのであるが、これらの法規違反のうちいわゆる法的犯の違反に対しては、第一次的には刑法総則に定める刑罰によらず、経済的な制裁措置によってその目的を達することとされており、情状の重い事案について刑罰を選択することとされている場合でも、刑罰以外の制裁措置が執られる事案については刑罰を課さず、刑罰相当とされる事案については行政上の制裁手続を執らないことにする、換言すれば両者を併課する結果となるのを避けるよう、法律上ないし行政運用上の謙抑主義的配慮がなされているのである。

例えば、道路交通法においては、同法違反行為のうち比較的軽微なものについて、これを反則行為として(同法一二五条)、反則者に通告のうえ(同法第一二七条)、納付した場合は刑罰を科されず(同法一三〇条)、刑罰相当の違反行為については反則金が併科されることはない(重い違反行為として通告手続を経ないで起訴された事実が、公判審理の結果軽い反則行為に該当するものと判明した場合は処罰できない。最高一小判昭和四八・三・一五)とされる。

また私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律では、対価に影響のあるようなカルテルを行なった事業者に対して課徴金の納付を命ずる(同法第七条の二、第四八条の二)が、課徴金を納付した者が併せて刑罰を課せられることはない(同法第九六条)。

さらに、間接国税については、違反者に対して第一次的に通告処分が行われ(国税犯則取締法第一四条)、通告された金額の納税等を履行したとき、同一事件について刑罰を科することはできず(同法第一六条)、通告不履行ないし履行不能のときか又は犯情が特に悪く懲役刑相当で通告処分になじまない時に始めて刑罰の対象とされる(同法第一四条)。

ところで、本件の対象となっている法人税の逋脱行為については、それが事実の仮装・隠蔽を手段としている限り、本税の百分の三〇に相当する重加算税が課されることとなっており(国税通則法第六八条)、右重加算税は、本来国税徴収権が納税義務者によって不法に妨害されることに対する防止及び制裁措置としての性質を持つ経済的負担として課されるものであり、それのみで既に納税義務者に対しては重大な苦痛を与えることになるので、一般には右重加算税を賦課することによって課税事務が終了することが殆どである。

然るに、本件のごとく、逋脱金額ないし逋脱率の高い行為者については、重加算税の賦課という行政上の制裁措置に加えて、法人税法第一六四条、同第一五九条により、同じ行為が「偽りその他不正の行為により法人税を脱れた」ものとして、法人及び行為者に対し更に刑罰を科することとされており、しかも、後にも述べるように、著名な大企業については、あきらかな不正行為により本件被告人らの規模とは比較にならない巨額な法人税を逋脱した事実があり乍ら、単に重加算税の賦課という制裁にのみ止まって、査察立件されることも刑罰に処せられることもなく終わっていることが報道機関によって度々報道される一方、中小のいわゆるオーナー企業については、右の大企業の逋脱額に較べれば遙かに少額な逋脱税額によって査察立件され、一定基準を越えれば告発によって刑罰の対象とされ、重加算税と刑罰の二重の制裁を科されているのが、前記法人税法第一六四条、第一五九条運用の実体である。

この大企業の逋脱が査察の対象とされない理由について、国税当局の見解が示された例はないものの、右のような大企業の場合は中小企業の場合との情状の相違として公約数的に考えられるのは、逋脱率の差であるが、国税徴収権侵害の程度は明らかに大企業の方が甚だしいのであり、逋脱率のみが重視されるということは、所得の大小によって刑罰の適用が差別されることと通ずるものであり、現に報道される大企業の場合よりも逋脱額の少ない本件被告会社が前記のような高率の重加算税を賦課されたうえ重い罰金刑を科され、さらにオーナーたる被告人は行為者として実刑を科される結果となっており、特に近時脱税事犯に対する量刑が厳しくなっている司法運用の現状にも鑑みれば、同一の法人税逋脱事犯について、国税通則法第六八条と法人税法第一六四条、第一五九条を同時に適用することは、違反行為者及び法人に対し他の刑罰法令との権衡を失した著しい不利益を強いる不公平なものであり、まして前記の如き大企業の逋脱行為については、法人に対する重加算税の賦課があるのみでその実行行為者は全く何らの制裁も課されないままで終わることに比するとき、本件被告会社及び被告人に対してかかる不公平な具体的適用のなされることは、法の下における平等の理念に著しく反し、憲法第一四条に違反するものと思料する。

第二点 原判決の量刑は甚だしく不当であって、原判決を破棄しなければ、著しく正義に反する。

原判決は、被告人株式会社恭和企業(以下被告会社という)を罰金九、〇〇〇万円に、被告人二木恭男(以下被告人という)を懲役一年六ケ月に処した原判決の量刑は重きに失し不当であるとの弁護人の主張を排斥して控訴を棄却した。

しかし、たとえ被告人らについて原判決認定通りの逋脱事犯が成立するとしても、被告人を実刑に処したのは、以下の諸情状に照らし量刑甚だしく重きに失し不当であって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと確信する。

第一、情状に関する原判決の認定について

原判決は、被告人らに対する第一審判決の量刑が重過ぎて不当であるとまでは思料されないとし、その理由として概略以下の事情をあげている。

一、原判決が被告人に不利と判断した諸情状

(法人税法違反事件について)

(1) 被告会社は、昭和六〇年三月一日から同六一年二月二八日までの事業年度において、四億四、八三〇万余円の法人税を免れた、という事案であって、逋脱税額が極めて多額であり、逋脱率も七二%を超えていて高率である。

(2) 犯行の経緯ないし動機としては、被告会社が本件土地の売買によって短期間で多額の利益を取得したが、被告人は、この利益の一部を秘匿して周辺地の購入資金を確保等しようとしたものであって、特に酌むべきものがあるとは認められない。

(3) 被告人らは、確定申告後法人税を全く納付せず、所轄税務署の督促を受けるや、従業員に虚偽の書類を作成させたうえ、六、〇〇〇万円を超える法人税の減額を求めて更正の請求書を提出したり、税務調査に備え、本件土地について内容虚偽の売買契約書の作成を試みるなど、犯情は全体として悪質といわざるを得ない。

(宅地建物取引業法違反事件について)

(4) 約一〇ヶ月間に亘る無免許営業で、取引回数こそ少ないもののその規模はかなり大きい。

(5) 被告人は、業務として宅地建物取引を行うには免許が必要なことを知悉しながら敢えて原判示犯行に及んだもので、行為の違法性はたやすく軽視し難い。

以上の諸点に鑑みると、被告会社及び被告人の刑事責任は、いずれも相当に重いものといわなければならない、と認定した。

二、原判決が被告人に有利と判断した諸情状

他方、原判決は、被告人らに有利な情状として

(法人税法違反事件について)

(a) 被告会社は、東大興産から受領すべき本件土地の売却代金のうち三億三、〇〇〇万円の支払いを受けておらず、織田らの態度からみて、今後の回収も極めて困難な状況にある。

(b) 被告人らが不動産取引に関与するようになった初年度の犯行で、複数年度に亘り、継続的に脱税していた訳ではない。

(c) 強制退去を迫るなど、いわゆる地上げ屋的行為に及んだ形跡はない。

(d) 逋脱した本税のうち約一億四、二八二万円を納付したほか、被告人の経営する株式会社恭神及び恭和工業株式会社の今後の事業収益の中から資金を捻出して本税等を納付する旨誓約している(もっとも公訴提起から三年以上経過した現時点での納付状況は逋脱額の約三一・九%に過ぎない)。

(c) 被告人には昭和四二年の執行猶予付き懲役刑の前科があるが、その後は処罰を受けることなく経過している。

(f) 被告人が服役するようになると、被告会社のみならず、関連会社や被告人の家庭に与える悪い影響が大きい。

(宅地建物取引業法違反事件について)

(g) 不動産取引に関与するようになったばかりで、継続的に無免許営業をしていた訳ではない。

(h) 本件後、被告人経営の株式会社恭神が宅地建物取引業の免許を取得したので、再犯の虞はないとみられる。

などを挙げ、これらの諸点が首肯でき十分に斟酌をしても、なお、本件が被告人に対し刑の執行を猶予すべき事案とは考えられない、としている。

右の認定された諸情状のうち、(1)の逋脱額が高額であり、逋脱率も高率であるとの点及び(3)の虚偽文書の作成による不正な作為や、隠蔽の企図などについては、弁護人としても極めて遺憾に思う次第であるが、それとても後に延べるようにその外形のみによる非難ないし評価が必ずしも妥当とは考えられない面を持っているものであり、(2)の動機、(4)(5)の宅地建物取引業法違反の態様にしても、原判決の評価は些か形式論に傾き過ぎているといわざるを得ず、従って本件で被告人に不利とされる情状事実の顕著な特異性を捨象することなくその実体に関する正当な評価を加えたうえ、原判決も首肯できると認定した(a)乃至(h)の被告人らにとって有利な情状を併せ考慮すれば、第一審判決の刑の量定、とりわけ被告人を懲役一年六ヶ月の実刑に処した判決及びこれを是認した原判決の量刑は、余りにも重きに過ぎ、原判決は被告人らにとって有利な情状を列挙首肯できるとはしているものの、実質的にはこれらの情状が考慮されたものとは到底考えられず、結局は前記(1)の逋脱額及び逋脱率の数額のみを基準として、形式的、画一的に評価することによって導き出された極めて不当な量刑と言わざるを得ない。

第二、原判決認定の情状事実についての検討

一、前記(1)の逋脱額と逋脱率について

もともと、国税当局が査察立件をするか否かを決定する際に、逋脱額の多寡が主要な判断要素となり、査察調査後犯則事実の証拠が収集された段階でこれを告発の対象にするか否かを判断するに当たっても、立証可能とされる逋脱の数額が一定基準を超えるか否かが第一要件とされることはそれなりに合理性があり、また法人税逋脱事犯の裁判上の量刑にあたって、逋脱額、逋脱率の高いことが重い刑責を追及される最重点の要素であることは、一般の脱税事件の検察官の論告、裁判所の判決理由の説示によって容易に読み取れるところである。そして、本件においても、原判決が被告人に対し、実刑の量定をなした根拠も、結局は右の逋脱額が高額で逋脱率も高率であること及び被告会社が本税すら完納していないことに帰するものと思われる。

然し乍ら、特に本件について、右の逋脱額、逋脱率の点を、量刑に当たってそれほどまでに重視することに、果たして刑の個別的妥当性を見出すことができるものかどうかについて、大いなる疑問を呈さざるを得ない(本税完納の点については後に述べる)。

(一) 本件逋脱額(率)認定の根拠となった経済的事実の変則性について

本件逋脱事犯の特色は、

1.単年度における唯一回の不動産取引について、その売却代金が実際は坪当たり四、〇〇〇万円であったのにも拘わらず三、〇〇〇万円であった、と虚偽過少の申告をした、という極めて単純な売上除外が、逋脱所得の殆ど全部を占めているという極めて明瞭なものである一方、

2.当該売上除外したとされる坪当たり一、〇〇〇万円については、本件不動産に関する売買契約の変則性に着眼するときは、原判決によって売買契約と見做されている経済行為の実体の評価の仕方と、被告会社における経済処理のあり方如何によっては、必ずしもその全額が当該年度における所得と認定れさなければならないものとは限らなかったような実質のものであり、従って一般の売上除外の場合に見られるような簿外の留保資産も殆ど無い、

という点である。

本件土地の売買契約書については、それが、被告会社と東大興産株式会社(以下東大興産という)とが協力して本件土地を含む歌舞伎町一丁目一五番一帯の土地を買い上げ、再開発のうえ、纏めて大手ユーザーに売渡す、という共同プロジェクトの資金調達のため、金融業者からできるだけ多額の融資を受けるための便法として作成された形式的なものに過ぎず、従って本来は売上に計上されるべきものではなく、また例え然らずとするも、少なくとも被告人としては、東大興産の代表者織田晴行から「融資を受けるための形式的契約である」と聞かされ、そのような認識のもとに、融資を受けることとなる坪当たり四、〇〇〇万円の金員のうち坪当たり五〇〇万円分の金額は東大興産の地上げや今後の販売等の活動資金相当分として東大興産で使用し(売買契約であるとした場合は、この金額は周辺土地の地上げ完了時点で東大興産から支払われることになっている)、さらに他の坪当たり五〇〇万余の金額は右プロジェクトの協力者に対してそれまでに支出し又は今後支出の予定される費用ないし手数料引き当てとして被告会社に留保することとしたが、金融機関に対する信用を形成する必要上、被告会社の決算に当たって、確定的に資金が流入した坪当たり三、〇〇〇万円分については売上として計上することにしたものであった、というのが実体であったと見るのが最も自然である。

然るに原判決は、被告人には逋脱の故意が欠けている(もしくは少なくとも坪当たり五〇〇万円については条件不成就ないし権利未確定故、本件事業年度の所得に算入されるべきではない)との相弁護人らの主張に対し、何れもこれを排斥して、本件土地は単体で坪当たり四、〇〇〇万円の譲渡価格によって売買されたものであり、被告人がこれを十分認識してい乍ら右価格を坪当たり三、〇〇〇万円に圧縮し、所得を秘匿して虚偽の法人税確定申告に及んだものであることは否定できない、と極めて単純な認定をしている。当弁護人としては、第一回公判以来、第一審及び原審においても終始「公訴事実そのものはこれを認定されても止むを得ないが、一般の不動産売買における売上除外とは実質的な相違のある点を洞察して情状を汲み取ってほしい」旨を縷々述べてきたところであり、原判決のように、極めて単純な単品売買である、との認定に立った情状判断をされることは誠に承服し難いところである。

(二) 実質主義の原則及び担税力の原則について

そこでこの際、税法の解釈及び適用ないし事実認定における原則で、本件を評価する際に改めて確認しておく必要があると思われるのが、実質主義(実質課税)の原則と担税力(応能負担)の原則である。

(イ)実質課税の原則から見た本件の評価

前者(実質課税の原則)は、経済的観察方法の原則とも言われているもので、「税法の解釈、適用に当たっては、法文形式や社会的法律的事象等の外形的事実にとらわれることなく、その経済的実質に着目して事柄の判断をなすべきである」、という考え方を示すものといわれており、本来、いわゆる仮装行為・租税回避行為などにつき、その形式を否認し実質に対し課税するための立論として考えられる場合が多いのであるが、本件の場合は逆に、売買契約書の存在や、被告会社の決算処理上売上金勘定に計上されていることなどの外形的事実にとらわれて、本件売買契約名下の資金の移動を直ちに被告会社の収入と判断してこれに全面課税することには慎重であるべきではないか、との問題提起の正当な論拠となるものと考える。

原判決が、売買契約書の文言によって単品売買を認定し、一共同プロジェクトの資金調達のためのもので売買の実体がなかったのであれば、被告会社が東大興産から受け取った三、三平方メートル当たり三、〇〇〇万円の金額を被告会社の本件土地の売上勘定に計上して申告すること自体が不自然であって(借入金若しくは仮勘定で処理すれば足りる。被告人は原審公判廷で、この点に関し、金融機関に対して被告会社の黒字決算を仮装する必要があった旨供述しているが到底措信できない)云々」と判示していることについても、右実質主義の原則に対する配意の欠如を指摘せざるを得ない。特にカッコ書きの部分の被告人の供述を、到底措信できない、と理由も示さず排斥しているのは、世上一般の会社において、金融機関向けの粉飾した決算書を作成することが経済常識となっているとも言える実情に殊更目を背けるもので、本件が単純な売買であったことを結論づけるための安易な論理と言わざるを得ない。

被告人らが、本件について、東大興産との間で売買契約書を作成するに至った経緯については、第一審においても詳細に証拠調べがなされ、それに基づいて弁護人が第一審における弁論及び控訴趣意書等で縷々述べたところであり、詳論を避けるが、

(1) 健康ふとんの販売をしていた被告会社が、不動産ブローカー数人の仲介、協力によって、自らの信用により金融会社から資金を借入れたうえ、昭和六〇年五月一六日、不動産取引としては初めての本件土地の購入をしたこと、

(2) その後右土地の隣地も買収して一括販売するのが有利と判断し、先ず隣地(二筆)を買収し、引き続き他の業者と共同して周辺土地の買収交渉に当たっていたこと、

(3) 同年一一月頃に至って、元住友商事株式会社建設不動産本部の幹部社員(昭和五八年七月懲戒免職)であった東大興産社長織田晴行を紹介され、有力なエンドユーザーとして伊勢丹ないしその関連会社が有望だとの話も聞かされて、不動産取引のノウハウを持っているという東大興産との共同事業として右周辺土地の地上げ及び、一括販売をすることに決し、同年一二月一八日付けで新歌舞伎町プロジェクト協定を結んだこと(但し、原審が、被告人は本件土地を先ず単体で東大興産に売渡し、利益を蓄積しながら周辺地を買い進めるのが得策と判断し、以後周辺土地を買収しては順次東大興産に納入したうえ最終的に大手ユーザーに売却するという趣旨の協定を結んだ旨規定しているのは、以下の事実の経緯に徴すれば事実の評価を誤っていることが明らかである。)

(4) 当時織田は、後に逮捕勾留されて起訴され有罪判決を受けることになった別件の詐欺事件等の事後処理のため、資金捻出に苦慮していたこと。

(5) 同年一二月中旬、織田から被告人に対し、地上げ資金調達を理由に、被告会社所有の本件土地を提供するよう申し入れ、織田の仲介で同月二一日、被告会社と東大興産との間で作成した坪当たり四、〇〇〇円を売買代金とした売買契約書により、被告会社が東大興産に支払うべき手付金名下に山下ビル株式会社から五億円の融資を受け、そのうち二億円は緊急に金が必要という織田が被告会社から借用する形式で持って行ったこと。この際、本件土地に所有権移転保全仮登記がなされている。

(なお、この時は、取り敢えず五億円の資金造りをすることのみが目的であって、それも織田自身に緊急の金策の必要のあったことが直接の動機であり、山下ビル(株)よりさらに売買残代金の融資を受ける可能性はなかった段階で既に売買契約書が作成れさていたことが、本件売買契約書の実質的な意味を理解するうえで留保されるべきである)

(6) 翌六一年二月下旬になって、織田が漸く本件土地による資金調達先を見付けてきたということで、二月二五日、東大興産から坪当たり四、四〇〇万円で本件土地を買うという形の株式会社東宅建設が、買取資金を日本モーゲージ株式会社から借入して東大興産に支払い、東大興産はそのうちから坪当たり三、五〇〇万円分(前記(5)の金の貸借を清算したうえで)を被告会社に支払い、本件土地について、被告会社から金融業者である日本モーゲージ株式会社に所有権移転登記がなされた。

右の金員授受に当たり、通常は関係者全員が立会って、登記必要書類と金員の手渡しが関係者間で順次確認し合いながら実施されるのが商習慣であるのに、織田は殊更被告人を別室に待機させ、右授受の現場には立会わせず、東宅建設の社長にも単に被告人を紹介したのみですぐ別れさせ、東宅建設への即時転売を被告人に察知されないよう画策していること、

(右の客観的状況については織田もこれを否定しておらず、また山下ビル(株)から当面の金策をした際にも、織田は山下と帆前を擦り替えて被告人に紹介する、という異常なことをしている点も織田自身これを否定できず、織田の言動に不審な点が残ることは随所に見られるが、被告人の供述では、織田からは東宅建設のことは当日になって初めて知らされ、しかも借入のダミーとして使うだけで、売買契約書も融資を受ける便法だと聞かされ、従って東大興産が即日坪当たり四、四〇〇万円で転売していることは全く知らず、このことは後日、税務調査を受けた時に、所轄税務署の担当官である阿部さんから聞かされて初めて知った、というのであり、この点については本件法人税申告を担当した楢原公認会計士も第一審法廷で同旨の証言をしている)。

(7) 織田は、共同プロジェクトの推進、終局的利益配分の方法等について、被告人と引続き協議することになっていたにも拘わらず、二回目の被告会社の土地(歌舞伎町一五-四、二五)の取引が終了した昭和六一年三月三日以降、被告人の前から姿を消し、共同プロジェクトの推進活動を全くせず、坪当たり五〇〇万円余の残代金三億三、〇〇〇万円を支払わないのみならず、後日になると、右坪当たり五〇〇万円の支払い義務は無いので過払分は返却せよ、と逆に被告人に要求するに至っていること、など織田の背信性を示す客観的経緯については、証拠上も極めて明白である。

然るに原判決は、その認定事実の中に、特に右(5)、(6)の実質的経過を掲記しないで事実上無視したまま、単純に、(5)の一二月二一日に売買契約が成立した、としてその契約内容のみを摘示し、手付金は契約書通りに契約締結時に、中間金は被告会社と東大興産の話し合いの結果二月二五日に繰上支払われた、と極めて外形的な事実の認定にとどめている。

度々指摘してきたように、通常の不動産取引において、手付金の支払いだけで買受人でなく金融業者に仮登記がなされ、また代金の支払方法として手付金の次に中間金と残代金という三回に亘る支払方法が採用され、しかも代金が完済されないのに、金融業者に所有権移転登記がなされるというようなことは、かなり変則的な取引条件であり、しかも、或る地域を纏めて地上げしたうえエンドユーザーである大企業に一括売却して利益を配分しよう、とういう共同事業を相互に約束した仲間同志の間で、一方が所有するその地域の一部の土地を他の共同事業者に切り売りし、しかもその一部の土地を買った共同事業者が、共同事業の本来の目的であるエンドユーザーたる大企業ではない他の小さな業者に、即時かつ共同事業者たる被告人に内緒で大幅な利を乗せて転売してしまい、しかもそのまま共同事業を放り出して逃げてしまう、というようなことが、果たして経済取引の常識として考えられるのであろうか。ということは、共同事業者の一方である被告人が、他の共同事業者に対して、自己の所有物件を右のような不合理な条件で真実売却することを意図した、との事実認定は甚だしく条理に合わないのであり、被告人の第一審における供述(真実の売買ではなく、融資の便法だと聞かされ、坪当たり五〇〇万円は、東大興産で登記料、印紙代、金利、地上げ経費等がかかるから、とりあえず出しておいてくれ、と織田から頼まれて東大興産に売買残金の形で留保させてやった)にむしろ合理性が窺われ、所詮は、初めて不動産取引をすることとなった被告人が、たまたま繁華街の良い土地を取得していたことに目をつけられて、金策に困っていた織田に旨く乗せられ織田の資金作りに利用されたのが本件全体の実相だ、と見るのが妥当と思われる。

これらの点についての経済的(実質的)観察のもとに、当初は未収金計上を指導していた所轄税務署の阿部担当官も、最終的には、売上計上は坪当たり三、五〇〇万円で止むを得ないだろうとの心証を持つに至り、公認会計士である檜原功も同様の見解のもとに昭和六二年六月一二日の第一審法定で弁護人の質問に対し次の通り証言しているのである。

それでもう一点、今未収金に該当する坪当たり五〇〇万円については、今のような説明があったんですが、その否定されたつまり譲渡手数料、譲渡のためのいろんな手数料として、あと坪五〇〇万円分(未収金に該当する以外の分)をまあ除外したことになってますが、これはしょうがないよと、つまり申告しなさいよと言われた坪五〇〇万円については恭和企業側あるいは二木社長はそれなりのなんか説明はしたんでしょうか。

三五〇〇万と四〇〇〇万の間の五〇〇万ですか。

いや、三〇〇〇万と三五〇〇万の間。

それについては申し訳なかったということで、社長はすぐに謝ったという・・・。

これもさっき言われたようになんかこう目に見えない費用が要ったとか、あるいは将来あっちこっちから言ってくるのの、言わばリザーブだというような説明はなかったのですか。

そのへんも幾分は聞いていますけれども、まあこれは愚痴の一種だなというのが一つと、それと本音からすればやっぱり総体で税額八〇%に近い税負担というのはきついなと、この二つが本人としては心情的に五〇〇万を出せなかったところかなと。ですから三〇〇〇万と三五〇〇万の間の五〇〇万については私なりには、結果論ですけれども、税務調査が入ってからですけれども、社長としては心情的にかなり散在もしてたと。それと実際八割というのはきついなと。

八割というのは、売上の八割に及ぶ税金を取られることになるというのはきついというそういう心情的なものがあるので・・・。

まあ、申し訳なかったと。

それだけ除外したというんだろうというふうに、あなたとしては理解したと。

だから二木社長もわりかし素直にすいませんというふうに言われたと。それは阿部さんに対してですね。

そうですね。

そうすると、所轄税務署の税務調査の過程では、結論的には所轄の担当官の阿部さんも、また申告側も、坪三五〇〇万で修正出すということにおいては、まあまあそれが座りのいいところではないかという、大体の了解事項に達しておったというふうに言えるんでしょうか。

私は担当の阿部さんとの話し合いの中での認識ですから、その段階ではとりあえず三五〇〇万でやむを得ないだろうと。ただ統括が許してくれそうもないかもしれないという心配はありました。

あなたは専門のプロの公認会計士かつ税理士として、その点はどういうふうに理解されますか。純理論的に感情を交えずに通常の実務として。

通常の実務としては、売買契約書は四〇〇〇万ですから、四〇〇〇万で売上計上を通常はします。しかし、今回のようなイレギュラーなものの場合、それがはっきりと、経済実体としては四〇〇〇万と書いたけれども、実際三五〇〇万の当事者の取引の実態があった場合に、やはり実態で出して、その差については事情書、説明書をつけて税務に対応するというふうに、私はただ形式にとらわれないで、実質に添って経済計算はするというのが考えです。

以上に述べたとおり、実質課税の原則から本件を評価する場合、坪当たり五〇〇万円については、被告会社の売上(未収金)となること自体未確定要素が極めて多いものであったということができ、しかも次に述べる担税力の原則に照らしても本件売上未収金に対する課税は酷であり、これらの点は情状として最も重視されて然るべきものと信ずる。

(ロ)担税力の原則から見た本件の評価

後者(担税力の原則)は、租税の原則のうち、公正の原則(正義の原則)の内容をなすものとされ、租税の負担は、各人の支払い能力即ち担税力に応じて平等でなければならない、というものであって、本件の場合、被告会社は逋脱所得とされる本件土地売買代金坪当たり四、〇〇〇万円中の坪当たり一、〇〇〇万円について、内坪当たり五〇〇万円については、原判決も前記第一の二の(a)で「回収極めて困難」と認めているが、現実にはむしろ既に回収不能となっていることは、国税当局もこれを認めている程であり、このことは原審公判廷における被告人質問における当弁護人の間に対する次の供述(速記録四丁及び一二丁)によっても明らかである。

東京都主税局と、国税局の徴収部ですね。

ええ、徴収部です。いろいろ御協力いただきまして、そちらの情報と言いますか、そちらのほうからも(東大興産へ)何度か足を運んでいただいたんですが、接触をとれなかったと。それともう一つ、東大興産から、国税庁に対して内容証明がきていると、恭和企業に対して支払いするお金はないんだというような内容だったと思います。

つまり、東大興産に対する三億三〇〇〇万の未収金について、債権について国税局(都の)主税局が滞納処分をやっておるんで、それに対する言い訳のような形で東大興産から国税局や、主税局に対しても、自分のほうはそんなもの払わないというんですか、払えないというんですか、払う債権が、本当はないんだという内容証明を出しておったんで、国側及び都庁側でも、織田に、東大興産について調査したけれども、結局はっきりつかまえられない状況にあると、こういう意味ですか

そうでございます。

結局、これは経理上、未収金で残っているんですが、国税当局では、これの処理については、何か話は・・・。

私のほうから申し上げたんですが、一応状況を判断しまして、国税庁との打ち合わせの中でも、これは恭和企業で収益が上がったときに、欠損金として落とすということが・・・。

貸倒れ処理をすることについては、大体了解は得られておると、こういうことですか。

はい。了解していただいております。(以下四丁)

(中略)

先程、聞いた東大興産の関係ですが、東大興産から内容証明がきたというのは六三年九月一日付で、過払金八九六一万円を請求してきたわけでしたね。

はい。

これは本件脱税の対象となっておる物件の隣接する、歌舞伎町の一五の四及び一五の二五の物件の売買代金について、坪単価三五〇〇万で計算すると、これだけ余分に払ったことになっているから、それだけ返せと、こういうことだったんですね。

はい。

契約上は坪単価四〇〇〇万だったが、後の坪当たり五〇〇万は、払う筋合いのないものであるという内容が書いてあったわけですね。

そうでございます。

これはそうすると、最終的には、被告会社としては貸倒れ処理をせざるを得ないという関係になってますね、三億三〇〇〇万。

はい。

で、国税局も了解してくれておるということですか。

はい。(以上一二丁)

また、本件事業年度の被告の会社の決算で、貸借対照表上、資産勘定に計上されている多額の貸付金、仮払金も、その実質は殆ど回収不能となっており、いずれも経費に充当されることとなるものも少なからず含まれていたとこについても、右同日の次の被告人質問における被告人の供述に現れている。(速記録一三、一四丁)

それで、東大興産以外にも、いろいろ当時の関係者に貸付処理をしてあって、先方側が、手数料その他報酬だと称して、返さないとか、あるいは事実上回収が出来ないというような債権がかなりありましたね。

はい。

そういうものについても貸倒れ処理をすることについて、国税当局と話しは続いておるんですか。

はい。話をしました。当時国税庁の方がそういったところへ事情聴取と言いましょうか、聞きに行ったときは、みんなやはり貸付金であるというふうに、答えていたんですが、その後何回も、やはり国税局の方におねがいして、私どもも声をかけたんですが、請求に何回か行っていただいた結果、これは仕事が終わったら提出をして清算するものであるということで、頑として、未だに一銭も取り立てることは出来ないという状況です。

そういう債権についても滞納処分をやってもらっておる関係から、国税当局も調査し催促してくれておるけれども、今のところそれが困難な状況にあるということですか。

そうでございます。

それはもう回収不能というような見通しを国税当局も・・・。

いや、回収不能ということでなくて、これは経費に代わるものだから、払う必要がないと。

国税当局の判断ですが。

国税局のほうでですね。

そういうふうに言っておられると。

ええ、言って、相手先から私の方で貸付になっているその先から、これは経費に代わるものだから、払う必要がないという返事をもらっているということです。それで、私のほうでも今期、諸々の小さい経費分はこれとこれは経費で落とさせていただきますというふうに、申し上げております。

そういう交渉中ということですか。

はい。

こうした主として歌舞伎町プロジェクト協力者に対する貸付金については、通常の貸付金とは異なり一切何らの担保も取っていていのが特異な点であり、一般的にも地上げの絡んだ不動産取引にあたっては、事業主がその仲介者などから運動費用等を口実に金員の借用方を申し込まれることが多く、事業主としては、費用の前渡し的な趣旨のもとに少しずつ金を渡しながらこれらの者を働かせるのであるが、始めから費用の前渡しとして渡し切りにしてしまった場合は、何ら仕事をしないで逃げられてしまう恐れがあるので、これを避ける意味で、当面貸付金として借用証を徴取しておき、地上げに成功した暁は報酬に替えてこの貸付金の返済を免除する、ということが度々あり、こうした場合は通常の貸付のように何らかの担保をとるということもしないのが当然であって、実質的にこれらの出金はもともと経費性を帯有しているのであるから、被告会社の場合も、厳密な経理処理をしていたとすれば、支払い手数料ないしいずれ支払い手数料に振替えられることとなる仮払金として計上されていたものであり、被告人が前記売上未収金とは別に坪当たり五〇〇万円分を除外することにした段階での被告人の判断には、このような貸付とも経費ともつかぬ雑駁な考え方が働いていたため、これに対応する程度の金額の売上計上を後日に残すことにしたとしても強ち不思議ではなく、前項の楢原功の証言にあるように、被告人としては、心証的に既にかなりの散在もしていたことと土地重課の八割の税金をとられるというのはきついという心情もあって「(売上除外したことは)申し訳なかった」と担当官に述べていたのであって、前述(イ)の実質主義の原則に照らしてみてもその売上除外は実体と齟齬する部分が多く、脱税の意図があったと言うものの、現実に担税力も乏しい被告人らに対しては、さほど強く責められるべきものではないと言うことができると思われるのである。

(三)税法上の評価と刑法上の評価について

弁護人が右(一)及び(二)に述べたことの真意は、本件被告人らの逋脱行為について、税法上は結論的に、それが被告会社の売上であって所得を形成するもの、との判断がなされることはそれなりにやむを得ないにしても、被告人らの刑責を秤量するに際しては、本件逋脱の数額の評価について、その特殊性を十分考慮されたい、という点にある。

すなわち、本件のように、事実上唯一回の経済取引に関し、それを売上と見るかそれとも借入金ないし仮受金と見るか、さらには売上金額をいくらと計上すべきかについて、実質課税の原則及び担税力の原則等から考えれば、本件のような極めて変則的な取引については、被告会社における経理処理如何によっては課税面でも消極的な評価のなされる余地が全く無いではないような事案であって、税務処理としてはオール・オア・ナッシングの結論を出すほかなく、本件の場合はその結論如何によって二六億余円の売上が計上されるか、〇円になるかであり、或いは売上が計上されるにしても、売上額において、約六億六、〇〇〇万円ないし少なくとも三億三、〇〇〇万円が減算されるべきか否かという、極めて落差の激しい結論が要求されるのであり、一旦積極的結論が出されれば、税額算定上の裁量の余地は無く、一般の単純明白な取引における売上と全く同一の税額が賦課されることになるのであるが、刑事司法においては、逋脱事件の公訴事実としての逋額金額(率)が税法上認定との同額となることはやむを得ないとしても、道義的非難可能性を基礎として責任の軽重を問うべき刑法上の評価をする場合に、本件のような変則的取引事犯について、単に税法上結論づけられた数額の多寡に対する税務上の評価をそのまま量刑の基準に引き移すことは、刑事責任の個別性の趣旨にも反し、刑政の目的に合致しない不合理な結果となると考えるので、被告人らの刑責を個別に秤量するに当たっては、本件逋脱の数額に包含される実質的な軽重即ち(一)及び(二)に述べたような情況を十分御考察願いたいのである。

(四)現行法人税(及び土地重課)の税率について

被告人らが逋脱を行ったことは厳然たる事実である。しかし逋脱を行う者が跡を絶たず、脱税白書が公表される都度、年を追って逋脱件数ないし逋脱額が増高していることも公知の事実である。

その背景として各種の事象が考えられるが、一般的に税率の高過ぎることが一因として指摘されている。これらの税率については、それなりの政策的理由はあるにしろ、特に本件被告人の場合に、土地重課の税率も加わりその逋脱所得額に比べて逋脱税額が他の逋脱事犯に比べて極めて高額となっていることも考えれば、逋脱税額(率)を被告人に実刑を課する重要な根拠とされることは、必ずしも妥当ではないと考える。

特に、脱税者の必ずしもすべてが捕捉されているとは限らない現状のもとで、本件被告人の一回限りの取引に関する脱税が、その外形的数額の大きさによって実刑に処せられる結果となることに、少なからざる不公平感を禁じ得ないのである。

(五)巨大上場企業における逋脱事犯との均衡について

この点については、第一点においても触れたところであるが、今少し詳細に見てみたい。

(1) 近時の日刊誌によれば

イ スタンダード・チャータードバンク(本社ロンドン)

都心一等地を長谷工コーポレーションに売却した際、東京都条例の規制を逃れるため裏金で一二億七、〇〇〇万円を受取り売上除外して所得隠し

追徴金(重加算税を含む)は六億五、〇〇〇万(平成二年四月一九日付読売新聞)

なお、買主「長谷工コーポレーション」は右裏金捻出のため約二〇億円の架空経費(仮装違約金)を計上していたことが判明し、差額約七億円の不明出金につき近く追徴課税

ロ 安田信託銀行 世界的株価大暴落で損失を受けた海外子会社の救済のため所得を現地法人に移転、移転価格税制の適用により約六〇億円の申告漏れ

追徴金は約二七億円(平成元年九月二一日付東京新聞)

ハ 日新製鋼 海外取引にからんだ所得隠しにより、二五億円の申告漏れ(平成元年九月二〇日付読売新聞)

ニ カメラメーカー「キャノン」による現地法人を利用した二〇億円の申告漏れ(昭和六三年六月二一日付毎日新聞)

ホ 最上興産による関連子会社を利用して架空経費を計上、売却益をを少なく装うなどの手口で二五億円申告漏れ(昭和六三年五月三日付東京タイムズ)

ヘ フジタ工業による、関連会社などに支払ったように装って各経費を計上、約二一億円の申告漏れ(昭和六三年五月一六日付東京新聞)

ト 国際企画 地上げに際しダミー会社を介在させるなどして利益を圧縮一九億円の申告漏れ(昭和六三年二月二九日付朝日新聞)

チ 日本信販 貸し倒れ損金の過大計上、法定を越える交際費の損金計上の方法により、二年間に一四億円の申告漏れ(昭和六〇年一月一八日付毎日新聞)

リ 大成建設 完成した工事を翌期に計上したり、海外で使用した建設機械を無価値として、資産計上から除外する方法により二間で六六億円の申告漏れ

追徴金は約二九億円(昭和五九年一月二四日付日本経済新聞)

ヌ 千代田加工 工事原価を水増しする方法で一五億円の所得隠し追徴金八億円(昭和五八年一〇月七日付朝日新聞)

ル 伊藤忠商事 海外取引にからんだ所得隠しにより、二二億円の申告漏れ

追徴金八億円(昭和五八年二月一三日付朝日新聞)

などの報道がなされ、同種の報道は跡を絶たないところである。

もとより、弁護人らも、その実態について、報道された内容以上に知るものではないが、報道された内容の申告漏れのあったことは十分に窺えるところである。ところで、弁護人らが常々不可思議に思うところは、こうした大手企業の「申告漏れ」については、その額がいかに高額であっても、逋脱事犯として公訴の提起を受けた例がないということである。

しかし、前記のような利益圧縮が、偽りその他不正の行為によるものであることは明らかであって、本件における方法と異なるところはないはずである。しかも、「申告漏れ」の額は、本件のそれをはるかに上回るものであり、一が加算税を払って修正申告処分ですみ、他がはるかに少額の事犯であるのにかかわらず実刑に直面しているというのである。脱税事犯は、国家の徴税権に対する侵害であるとする立場に立った場合でも、はたまた、国家に対する詐欺罪とも言うべき自然犯であるとの考えに従った場合においても、大手企業が「申告漏れ」によって納税を免れ、国家に対して同額の損失をもたらしたことは、本件のような逋脱事犯と全く異なるところはないのみならず、国の損害の額において、前記大手企業各社は本件をはるかに上回るのである。とすれば、重加算税まで課せられるような方法で「申告漏れ」を犯しながら、刑事訴追を受けないというのは、逋脱率が低いということに起因するとしか考えられないのである。そうであれば、巨大な企業であればあるだけ、国家に与えた損害が、いかに巨大であっても訴追を免れるという重大な矛盾を生ずることとなる。また、こうした巨大企業側の税逋脱についての反論は、これまた軌を一にしたように、税務当局との見解の相違であった、というものである。見解の相違として訴追を免れることができる脱税方法こそ、計画的、巧妙というべきではなかろうか。所得が巨大となり、組織が複雑になればなるほど、逋脱所得の把握は困難で逋脱率は低くなり、企業幹部の関与の程度も分散して少なくなることから、脱税の認識も薄らいでくるのであろうことも、容易に想像されるところである。反面、所得も少なく、組織も小さければ、査察により容易にその全貌が判明することとなり、逋脱率も高率とされてしまうのである。いずれが悪質、巧妙というべきであろうか。

こうした諸点を考えていくと、逋脱率の点が、量刑にあたっての一つの要素になるとしても、第一審判決及び原判決のようにこれを重視し、画一的に実刑判決を量定したことは、前記の事例と比較して、均衡を失する結果をもたらす、謝った評価・判断と断ぜざるを得ないところである。

(2) ちなみに、右のような巨大企業ではなく、中小企業ないし個人で刑事訴追を受けることとなったほ脱額が三億円を越える事犯であっても、執行猶予の判決を受けた事例として、

イ 三億一、〇〇〇万円の所得税法違反

懲役二年 執行猶予三年 罰金九、〇〇〇万円

(東京地方裁判所 昭和六二年七月七日判決)

ロ 約四億円の相続税法違反

懲役一〇月 執行猶予二年 罰金七、〇〇〇万円

(横浜地方裁判所 昭和六一年一〇月一五日判決)

ハ 五億五、〇〇〇万円の所得税法違反(いわゆるタテホ事件)

懲役二年 執行猶予三年 罰金一億円

(神戸地方裁判所 昭和六三年六月二七日判決)

ニ 三億五、四〇〇万円の法人税法違反

懲役一年八月 執行猶予三年 罰金六、〇〇〇万円

(横浜地方裁判所 昭和六三年六月二七日判決)

ホ 三億五、三〇〇万円の法人税法違反

懲役二年六月 執行猶予五年 罰金九、〇〇〇万円

(東京地方裁判所 平成元年一一月九日判決)

ヘ 七億一、六〇〇万円の所得税法違反

懲役三年 執行猶予五年 罰金一億八、〇〇〇万円

(東京地方裁判所 平成元年一二月二五日判決)

ト 三億六、二一一万円の所得税法違反

懲役二年 執行猶予五年 罰金一億円

(水戸地方裁判所 平成二年三月五日判決)

等の事例も存するところである。

なお、右の執行猶予事例を通観すると、所得税法、相続税法の違反が目につくが、私利私欲を図るとの観点からすると、法人税法違反の場合と比して、一層悪質であると思われるし、まして、本件の被告の場合と比較すれば、なおさらである。

以上いずれの見地よりするも被告人に対し実刑を科することは、右各事例に比して均衡を失し、著しく重きに過ぎる量刑と言わざるを得ない。

二、前記(2)の動機について

原審は、単に、「秘匿した利益によって周辺地購入資金を確保等しようとした」、と認定しているが、被告人が当初の法人税申告に当たって、坪当たり一、〇〇〇万円分の売上を除外した時点の考え方については、既に述べた本件の特殊性から明らかなように、坪当たり五〇〇万円についてはもともと資金の流入はなく、残余の坪当たり五〇〇万円についても、被告人としては、経費等として申告時迄に流出していた部分もあり、将来プロジェクト完了後に正式に売上と経費を清算する意図を有していたものであって、原判決の言うような周辺地購入資金として実質的に留保されたものは極めて尠かだったのであり、他の事件で一般的に動機として指摘される被告人個人の蓄財のため或いは借金の返済金捻出のためとか、愛人の生活費、海外旅行費その他遊興費捻出のためとかいうような、いわゆる私利私欲が動機となっているものではないことも、酌量願いたい。

三、前記(3)の不正工作について

いずれも弁護人としても極めて遺憾な行動であると考えるが、第一審で取調べられた公認会計士楢原功証人の証言にもあった通り、更正請求の一部については所轄税務署阿部担当官もこれを認める余地が無いでもないと判断されたものの、担当官からの勧告を受けるや被告人は直ちにその全部を素直に撤回しており、また坪三、〇〇〇万円とする売買契約書を作成しようとした点も、事前には織田側と何の打ち合わせもなく、然も織田側にとっては税務申告上不利となる申出であるから織田側から拒否されることは当然予測されるところであるのにこのことに思い至ることなく調印を求めるなど、何れも極めて稚劣な隠蔽工作であって、むしろ被告人の本件逋脱事犯の無計画性と軽率さを裏付けるものと理解されて然るべきものと考える。

四、(4)(5)の無免許営業について

被告人が宅地建物取引業法による免許の必要性を全く無視して営業を行ったものでないことは、本件売買契約書に、ことさら立会人として宅地建物取引主任の資格を持った被告会社職員印出勉が、免許申請中の株式会社恭神営業部長としての肩書で署名押印しているところからも窺われるのであって、犯情極めて軽いものであることは、当弁護人の控訴趣意書で詳しく述べたところであるので、これを援用する。

五、原判決が有利と認定した事実について

原判決は、前記(a)乃至(h)記載の如く、それぞれに被告人に有利な情状を認定してる。

特に、東大興産からの未収金三億三、〇〇〇万円については、原判決認定の「回収極めて困難」というよりむしろ、回収不可能の状況にあることが明白であり、また、本税の納付については、被告人の納付努力を一応認め乍らも(公訴提起から既に三年以上を経過しており、而も現時点での納付額は逋脱額の約三一・九%に過ぎない)、旨の不利な情状とも解される但し書きを付しているのであるが、納付に予想外の長期間を要したことについては、被告人に帰責するのは酷な事情があることも、原審公判廷の平成二年二月二八日の被告人質問における次の問答から御推察願いたい。

なお、別に被告人にとって有利な情状として、被告人が本件脱税の隠蔽工作を強力に勧誘され乍ら、これを拒否した事実があり、右公判廷では本税納付事情に関連してこの事実を述べているので、これも併せ掲記する。以下、弁護人の質問に対する応答である。

それから、前回一応聞きましたが、第一審であるいはその後の被告人の上申書等で、山砂の採取、販売事業によって、相当額、億単位の利益を挙げ(てこれを納税資金に充て)ることが出来る予定だと、一審以来約束しており、且つ、被告人が一生懸命努力したけれども、それは結果的には、前回述べたように、中本常一からの訴訟に基づく仮差押えで阻害されたりして、結局、事業が挫折してしまった、そのためにやむをえず、この山砂採取事業のために取得しておった山林五筆を、売却するという話しに切り変えたと、これも、被告人が一番新しく出した上申書で約束してあったんですが、そのとおり売却を完了して、その代金、八八〇二万円納入したと、こういうことでしたね。

はいそうでございます。

そこで、今、山林の山砂の買収が挫折する、一番の切っ掛けとなったのは、中本常一から訴訟を起こされて、それによって仮差押えを受けたことだというふうに述べておったんですが、中本からの本訴の提起というのは、二億九〇〇〇万円の例の歌舞伎町の物件の売買の(仲介をしたことに対する)報酬金の請求訴訟だったわけですね。

そうでございます。

そんな約束はなかったわけですね。

なかったんです。

だから、中本が控訴までしたけれども、結局確定して、仮差押えも昨年の五月頃解除されたと、しかしもう役に立たなかったと、こういうことですが、中本がそんな高額な報酬金の請求訴訟をやってきたことについて、非常に不当なことだと被告人は思ってるわけですね。

はい。

そこで、被告人は、中本に対して、この本訴確定後、仮差押えに基づいていろんな損害を受けたということで、損害賠償の請求訴訟を起こしましたね。

はい。

これは結果的には、どうなりましたか。

一応の和解ということで、少しですが、向こうが認めまして、六〇万円ほど、本人が何もないものですから、頂きました。

これは先方の弁護人さんが代わりに積んでいる供託金の中から、その程度でも頂くと、あとは財産がないからもう仕様がないということで我慢したわけですね。

そうでございます。

それで、本来中本にそれだけの報酬金を払う義務があるんなら、その分だけ被告人としては、脱税額が減っておったわけですね。

そうです。

これは中本は、何故そんな不法なことを言ってきたか、今まで、聞くのを控えていたんですが、簡単に言って下さい。

私が東京拘置所にいる時に、その中本に頼まれたということで、弁護士さんが来られまして、中本に三億位払ったほうがいいんじゃないかというような話が、弁護士さんが三人位変わって来られまして、そういうことはますいんじゃないかというふうに話をしたんですが、私が留守中に河合事務所のほうと中本のほうの斎藤弁護士がですね・・・。

河合事務所というのは、刑事弁護を最初にあなたが依頼した、私も依頼を受けておったんですが。

ええ、私も全く知らないんですが、そちらのほう(河合事務所)へうちの会社のものが依頼したと、そこの弁護士さんと斎藤弁護士が打ち合わせした結果、私がまだ保釈されない先に、そういう話が出来上がっていたわけです。だけど、これはやはり本当の話をしないと、これは大変なことになるということで、一応弁護士さんも全部辞めていただいたわけです。河合事務所のほうです。要するに、三億の報酬金があることにしてあるから、いくら寄越せばいいという話があったというんですか。

それは三億の関係で、取り敢えず三〇〇〇万払ってくれればいいという話がございまして。

三〇〇〇万円お礼にくれたら、三億の報酬金支払を請求することになっておったというふうに話してあげるよ、そうしないかという誘いかけがあったけどあなたとしては、本当のことを言わなければいけないというんで、断ったということですね。

そうでございます。

そういう話が出てたことを足掛かりにして、向こうは二億九〇〇〇万の報酬金の請求をしてきたと、結果的にはそれはあなたが勝ったと、そういうことですね。

そうでございます。(以下速記録通頁三二乃至三四丁)

また、右のように被告人が本来数億円の収益による納税を予定していた砂山事業の挫折後、被告会社所有の砂山の土質が非常に良好なので、本来ならば時間を掛けされすれば、この砂山の土砂を採掘して有利に売却したうえ、平地になった土地を更に高額に売却する可能性が十分あったにも拘わらず、被告人は本件裁判継続中に出来る限りの納税義務を果たしたいとの念願から、敢えて安価な八、八〇二万円で売却することを決断したうえ、売却代金をそっくり納税したものであり、しかも、右売却した山林五筆は、もともと昭和六二年二月に、被告会社役員宇留島和子がたまたま相続した財産の中から被告会社が購入代金四、一六〇万円を借入れて取得したもので、これは現在宇留島専務の経営する株式会社光林からの被告会社の借入金として残っているものであり(原審第二回公判における被告人質問速記録一五丁、一七丁)、この仕入原価も、売買の諸費用も控除しないで右売却代金全額を納税したという被告人の精一杯の誠意の存する点についても十分御斟酌を賜りたい。

さらに、納税率の点についてでるあるが、本件逋脱事犯を実質的に見て、実際に被告会社の所得とならずに終わった三億三、〇〇〇万円を減算して試算すれば、実質逋脱税額は約二億四、二八〇万円、逋脱率も約三九%と減少することは当弁護人の控訴趣意書で述べたところであり、これを前提とするとき、被告人の現在迄の納税率は約五九%弱となるのであって、未だ完納できないのは誠に遺憾であるが、もともと前述のように担税力の乏しい被告会社が最大限の努力をした結果であり、今後も出来る限り努力をすることを誓約し、常時国税当局と連絡をとりながらその信頼を得ている(前掲原審被告人質問速記録四四丁)という現状を是非とも有利な情状としてお汲み取り願いたい。

第三 その他被告人のために配慮されたい情状

一、被告人らに再犯のおそれが無いこと

被告人は、本件が、被告人の経理ないし税務対策に関する無知及び経理担当者や税理士との意思疎通を欠いていたことにも大きく基因するもであったことに思いを至し、その後国税局出身の金子清税理士に依頼して常時会社経理についての指導助言を求めることとして誤りなきを期しており、また、宅地建物取引業法違反の点については、原判決も認定している通り、株式会社恭神が同法に基づく免許を取得して不動産取引は同社で行うことにしており、いずれよりするも再犯の虞れは全く無いということができる。

二、被告人の改悛の情が極めて顕著であること。

原判決が被告人に不利な情状として認定した諸事実だけを見ると、如何にも被告人が税金を免れるためには如何なる奸策をも奔する私利私欲の徒であるかの如く解され兼ねないのであるが、これまでに度々述べた如く、本件が、もともと単純な売買における売上除外事案ではなく、融資をうけることによって金策をはかるための方便として最も有利な(高額な借入れの可能な)売買形式を仲間同志で採る、という被告人の認識を前提としながらも、他方では対金融機関の信用形成の手段として黒字決算を組むために、取り敢えず坪当たり三、〇〇〇万円を売上として計上しておこうという、極めて不明確でかつ安易軽率な判断のもとに行われたものであり(被告人は、捜査段階で単品売買を認め、第一審の第一回公判における公訴事実の認否に対しても簡単にこれを認める供述をしているのであるが、これらの段階での供述は、オーナーたる被告人が身柄を拘束されている間に、現実に被告会社の有価証券や不動産が被告人の意思に反して処分され始め、資産が順次散逸して行くとともに経営が破綻に瀕する情況になったため、早急に保釈を得て経営立直しを図ることを焦るあまり、必ずしも被告人の真意を十分に披露する心の余裕のない状況下になされたものであることについても御明察を得たい)、決して他の脱税事犯に見られるような計画的なものではなく、それ故にこそ、事後的に契約書の食い違いに気付いて、常識的には相手から一蹴されることの明らかな坪当たり三、〇〇〇万円の売買契約書を作成しようとするような幼稚な糊塗策を考えたり、担当官に疑問を抱かれるとすぐ引っ込めるような思い付きの更正請求をしりたしたのであって、他愛のない隠蔽工作ということができる。

このような被告人の凡そ悪人たり得ない性格は、前掲(第二の五、被告人質問速記録)のように、被告人の身柄拘束中に、他の数人の弁護士から、被告会社の中本常一に対する三億円の仲介報酬金債務を捏造することによって逋脱額を大幅に減少させようという、被告人にとって極めて魅力的な偽装工作を再三勧められながら、終始これを拒否し続けたこと(この事実については、当時被告人と接見した当弁護人も被告人から打ち明けられ、拒否するのが相当である旨助言した経緯がある)にも現れており、この点を含め、本件摘発後今日迄の被告人の言動に徴すれば、被告人の改悛の情は極めて顕著ということができる。

三、大局的見地より見た場合の原審量刑の具体的不公平さについて

本件の事実関係を世俗的に言い換えるならば、被告人は、一流企業を罷免され乍らも不動産を種に多額の金を動かす術策にたけた織田晴行の口車にまんまと乗せられて、折角取得した本件土地を割安に巻き上げられてしまって一種の被害者とも言うことのできるものであり、被告人から実質的には坪当たり三、五〇〇万円で買い取ってしまった物件を、被告人には内密で坪当たり九〇〇万円上乗せして即時転売した織田は、国税当局には坪当たり四、〇〇〇万円の仕入れと申告して(少なくとも課税当局は、問題の坪当たり五〇〇万円分の未収金認定に当たって、東大興産についても反面調査をした筈であり、被告会社に売上未収金として課税しながら東大興産の仕入れ原価を坪当たり三、五〇〇万円として見過ごすような不公正な課税処分をする筈はない)、坪当たり五〇〇万円分の課税を実質的に免れて無税の合計三億三、〇〇〇万円をそっくり取得し(織田はその後、当初の法人税申告における仕入原価の金額を覆し、坪当たり五〇〇万円分については債務は存在しない旨、国税当局に申し出ていることは、原審公判廷における被告人供述でも明らかであるが、既に東大興産はその本店所在地すら掴めず、実質的には倒産してしまっており、今となっては徴税も不可能)たのみならず、これについて何らの責任も問われることがなく、他方、被告人は、東大興産から右坪当たり五〇〇万円分の支払いを受けられないまま、これに土地重課の課税をされたうえ、逋脱の刑責を実刑によって償うべし、とされており、しかも三億三、〇〇〇万円(坪当たり五〇〇万円分)の無税の資産を取得した(その他にも被告人に内密で坪当たり四〇〇万円の転売益を得ている)織田は、本件被告人との取引の動機とも言える別件の一六億二、〇〇〇万円余にのぼる巨額な地上げ融資詐欺事件については、一審で実刑の言渡しを受けながら、被害会社との和解成立に努力した(本件で取得した資金が和解金の一部に充当されたであろうことは優に推測できる)などの理由により控訴審(東京高等裁判所刑事一〇部)で執行猶予を付される(懲役三年・執行猶予五年)に至っているのであって、別の見地からすれば、三億三、〇〇〇万円については、実際に担税力のある筈の織田が課税を免れ(かつ責任を問われることなく)、担税力の無い被告人が課税と重加算税と刑罰の三重の責任を問われる(被告人については右三億三、〇〇〇万円を減算しても尚約二億四、〇〇〇万円の逋脱が残るとはいうものの、これについても前述のような経理処理の拙劣さに起因するところが多いのが実態である)結果となっているということに、弁護人としては何としても甚だしい不条理を感じざるを得ないのである。

加うるに、本件逋脱については、当初所轄税務署の調査の段階では修正申告によって税務処理を終わることになっていたのが、折悪しく共同事業者であった織田が別件の詐欺を働いていたことから、東京地検特捜部の強制捜査の対象となり、これを契機として、被告会社も地検特捜部の指示により査察立件され、旬日を出ずして被告人が特捜部に逮捕され、本件公判請求されるに至った、という特殊な経緯も、本件被告人にとって汲むべき情状として考慮されて然るべきではなかろうか。

四、被告人の心情と将来について

被告人は原審平成二年三月五日の法定において、裁判官の問いに対し次のように自己の心情と反省を素直に述べている。

原判決のどういうところを不満というふうに考えているわけですか。

これは東大興産が、私どもと、「あなたは素人だから、私達が協力して仕事を仕上げてあげましょう。」ということで始まったことなんですが、途中で全然連絡がとれなくなったと、それでこちらに、素人の私どもにいろいろなことをさせたと言いましょうか、この経費、その他全部出したんですが、これが一応どう対処していいのか分かりませんでしたので、ただ、貸し借りと言いましょうか、貸付という形にしておいたわけですね。ところが、前回申し上げましたように、国税のほうでも、借りているんならそれは一応差し押さえして、何回も取りにいきますと、いや、これはプロジェクトが終わったら、これは経費に充当するものであるということですから、こういったものはやはり経費で認めていただきたいと、それと、東大興産は全くうちに未収金はないという言い方をしているわけですね。当時は未収金だというふうに言ってたんですが、最近ではその払う金は一円もないと、だからその点でうちの金子経理士も何か見直しが出来るんじゃないか、まあ、実質的に確かに数字的には脱税ということで数字は大きいんですが、実際、私共もその資金をどこかに留保してあるとか、そういうことじゃなくて、何もないと、だからその経費に認めていただきたいことと、それから東大興産には私のほうはちょっと騙されたという感じがしているんですが、この三億三〇〇〇万に対しても何か考慮していただきたいと。

ほかに不満の点はないんですか。

何か周りで、振り返って、あとでよく分かったんですが、自分の周りが私共素人ですから、何かみんな騙しにかかっていたと。

(早川弁護人の質問)

今の裁判長のお尋ねの点で、あなたの説明したことはこういうことだと私は理解するんですがね。確かに脱税という形に数字的にはなっておると、だけども、あなたは今、最後に行ったように、素人のあなた、そして、直接、任してやらせておったということもあって、いろんなブローカーやあるいは東大興産の織田というような、相当のつわものが寄ってたかって、あなたからいわばお金をいろんな名目で持って行ったと、実態は。だからあなたの手元には脱税と言いながら、ほとんどお金は残っていないんだと、だからそれを経理処理上、どうするかもはっきり分からないままで、これも、当時の税理士さんにお任せでやっておいたら、こういうことになったんだと、だから別に脱税をして、たくさんのお金を懐に隠そうというようなつもりでやったわけじゃありませんと、そこらへんを一つ、情状をよく汲んでいただいた上で、温情あるご判断をいただきたいと、こういうことじゃないですか。

そうでございます。(速記録五一、五二丁)

さらに、弁護人の問いに対し

それでは被告人自身が、この際、裁判所にお願いしたいこと、あるいは訴えたい、お聞き取りいただきたいことがあれば、話して下さい。

今まで、こういういろんな失敗をしてきたんですが、大体、取引主任の免許があると、この人はすばらしい人だから全部任してしまうと、経理でも全部任してしまうと、それで長年不動産やっているという話を聞きますと、その人を信頼して全部任してしまうというようなことで、自分自身がうわべだけで見ていて、実際にいろんなことをじかにチェックしなかったと、経験不足の点も相当ございまして、質問したくても、何を質問していいかということが分からないで、その頼んだ人の言いなりにやってきたのが、今回の大きな失敗の原因になったというふうに考えております。それで、きょう今日(こんにち)は私がどんな所でも行って、それでじかに話して、じかに確認して、じかに買い付け、あるいは売渡証を渡すような話をして、相手の取引先の人間性と言いましょうか、それも見てこなければいかんし、私の本当の誠意も見ていただいて、こういった(現在手がけている)取引につながってきております。それで出来れば、この仕事を完了さしていただいて、税金のほうは確かに遅れておりますが、間違いなく、納付に努力したいと思っております。また、出来ると思っております。

あなたがいなくなったら、どうですか。

会社、三社とも、次の日からやっていけんないんじゃないかと思います。

宇留島さんじゃ駄目ですか。今のように健康上の問題もあるようですが。

体の調子も悪いようですし、自分で仕事を引き継いでやっていけないんじゃないかと思っております。

と述べている。

右の宇留島専務は、前述のとおり、本件納税その他資金面で相当の負担をしているのであるが、最近、被告人の裁判の成り行きの厳しさを感じて心臓発作を起こし、救急車で日大病院に入院加療を受けたこともあって、被告人が実刑に処せられた後の会社経営を引継ぐことは到底期待できない実情にある。

第四 結び

刑は刑なきを期し、罪を犯した者を遷善更生させることをその本来の目的とするものであるべきであって、人や企業を実質的に死に至らせ或いはその将来の可能性を摘み取るものであってはならない筈である。

万一被告人に対し、実刑判決が確定した場合は、被告人の個人的信用・力量によって逐次事業計画の成果を挙げつつある被告会社及び関連会社の倒産は必至であり、被告人の鋭意努力している納税計画も実現不可能となるのはもとより、被告人の家族の悲嘆困窮は目に見えており、また莫大な資金提供者である宇留島専務に予測される経済的破綻も尠なからず同情に価する。

以上、本件のすべての情状を考えるとき、被告人を実刑に処さなければならぬ必然性は全く認められず、被告人に対し実刑判決をもって臨むことは、一般予防的見地を重視し過ぎた画一的量刑であって、本件逋脱犯の実質に鑑みれば刑政の理念に悖り被告人にとっては酷に過ぎるものというべく、原判決の刑の量定が重きに失し甚しく不当なることは明らかであり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと確信する。

上告趣意書

平成二年(あ)第五〇〇号

被告人 株式会社 恭和企業

同 二木恭男

右の者に対する法人税法違反、宅地建物取引業法違反被告事件について弁護人は左記のとおり上告の趣意を提出する。

平成二年八月二九日

弁護人 渋田幹雄

最高裁判所

第三小法廷 御中

原判決は、〈1〉実質課税の原則に違反し、〈2〉権利確定主義に違反し、ひいては〈3〉憲法に違反している違法がある。

即ち、〈1〉については最高裁判所の昭和三七年六月二九日判決等及び法人税法第一一条、〈2〉については最高裁判所の昭和四七年一二月二六日及び同五三年二月二四日の各判決に、〈3〉については憲法第一一条、第一三条、第一八条、第三一条にそれぞれ違反している。

右は刑事訴訟法第四〇五条第一項、第二項に該当するものであるから原判決は破棄すべきものである。

第一点 実質課税の原則違反(判例違反、法令違反)

一、原判決は、被告恭和企業が東大興産に対し本件土地を三・三平方メートル当たり金四〇〇〇万円で売却し総額金二六億四三九六万円也の譲渡代金を取得した旨認定した。右認定は昭和六〇年一二月二一日付の売買契約書の形式的文言をそのまま引用し売買による譲渡代金が確定したものと判断したものである(原判決五丁裏(3))

しかし、右認定は、以下にのべるように実質課税の原則に反するものといわなければならない。

二、 実質課税の原則は我が国の税法上早くから内在する条理として是認されてきた基本的指導理念である(昭和三七年六月二九日二小・昭和三四年(あ)第一二二〇号裁判所時報三五九号一頁)。

実質課税の原則は担税力と公平の観念から所得の形式的な帰属者でなく実質的な帰属者に租税負担の義務を負わせようとするものであり所得が何人に帰属するかはただ形式的な営業名義いかんの問題でなく、その営業が何人の計算においてなされているか、その経済的利益の実質的な享受者は誰かという問題であるとされている(昭和四六年一〇月二九日東高刑九判昭和四五年(う)一八八八号税務訴訟資料六四号一二七九頁)。

そして「法律形式を表見的にとらえることが社会通念上明らかに不合理と認められる場合は、その法律形式等の外観にとらわれず、すすんで経済的利益の有無等をも具体的、実質的に判断してその所得の有無を決するのを相当とする」(昭和四四年一二月二六日福岡地刑・昭和四三年(行ウ)第七八号行裁例集二〇巻一二号一七八二頁)。」というのが実質課税の原則である。

法人税法一一条は「資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であってその収益を享受せず、その者以外の法人がその収益を享受する場合はその収益はこれを享受する法人に帰属するものとしてこの法律の規定を適用する。」と定めている。

右にみたように実質課税の原則は当初判例によって確立され、これを立法によって確認されたものであるが、法律上の外形的な形式にとらわれず、経済的実質及び担税力ならびに公平の観点から所得の存否を判定すべきものとしている。

この原則は本件にも当然適用されるべきものである。

三、二木恭男の上申書及びこれを補充した公判廷における供述等によれば、本件土地の取引は外形上売買の形式をとっているが、その実質は資金調達の一手段にすぎず、プロジェクト推進のためのステップにすぎないものである。

二木が東京拘置所に勾留されていた間の昭和六一年一一月一〇日(三通)、同年同月一一日の検面調書において同人は本件土地の周辺の土地も順次取得し、これらをまとめることにより収益を上げようと計画していたことが明らかである。ところが拘留が長びくにしたがって単体売却の調書が作られるようになり、プロジェクト推進の計画と単体売買とを切りはなして調書が作成されるようになってしまった。

そして結果としては織田グループが莫大な収益を上げ、二木はこれに利用されて切り捨てられた。結局織田グループと二木らの共同プロジェクトの中で二木は織田らに利用され本件土地をとり上げられたうえ、過大な税負担だけが残り、刑事罰まで受ける羽目になってしまったのである。

被告二木が一貫して主張しているところによれば、本件土地取得と、昭和六〇年一二月の契約による譲渡はプロジェクトを成功させるための過程であって、取引が完了したものではない。

昭和六〇年一二月の契約は売買の形式をとっているもののその実質は譲渡担保とみることも可能である。

恭和としては支払利息や残地の取得資金等の調達のため、とりあえず手持ちの本件土地をプロジェクトに提供し、所期の計画を推進する趣旨で右契約を締結したものであった。してみれば、本件土地の契約は単純な売買とみるべきではなく、譲渡担保の実質をもつものとみるのが自然である。

決算の形式としては、譲渡所得の計算をしているが、これは被告らの経験不足によるものであって実体を反映したものではない。織田グループへの貸付けや本件土地の代金のうち三億三〇〇〇万円が保留されている点などからみても通常の土地売買とは異質な取引であることは明らかであって、右のように解することによってその実質に即した解釈に到達することができる。

譲渡担保であるならば手持ち不動産を提供して資金を導入し、これを運用することも許されるし、当該不動産価格の全額を受領しないで名義変更に応じたことも不自然ではない。本件土地の契約後も再三被告二木が織田と連絡しようとして訪ねたりプロジェクトの推進に努力していたことはこれらの点を裏付けるものというべきである。

又坪当たり五〇〇万円については共通経費として利用し、坪当たり五〇〇万円については当面織田側での運用を認めるという二木の考え方は右のように解することにより矛盾なく理解することができる。

このことは本件土地を確定的に売却したものではなく、物件を提供して資金調達をしたという被告二木の主張を裏付けるものである。

以上のように本件土地の譲渡はその外形的な形式とは異なり、実質は譲渡担保による資金繰りにあったとみるべきものである。してみれば恭和企業には譲渡所得の発生する余地はない。

恭和企業の受領した金員は借入金又は仮受金勘定で処理されるべきものである。

原判決は八丁表において「三・三平方メートル当たり三〇〇〇万円の金額を被告会社の本件土地の売上金勘定に計上して申告すること自体が不自然であって(借入金若しくは仮勘定で処理すれば足りる。・・・)」としているが、被告人二木の土地税制に関する無知と経験不足からみれば誤って売上金勘定に計上するこも不自然ではないし、当時の累積欠損を解消して銀行に対する信用を回復するためにも売上計上をする方が得策と考えたことも理解できるところである。

結果として本件事業年度の決算と確定申告はその実体とは異なるものとなっている。

本件事業年度の申告にあたり従前の担当税理士から楢原会計に担当替えがあったこと、楢原会計との打合せ、協議の時間的余裕がなかったことも、右のような誤った申告を生ずる原因の一つであったと考えられる。

又修正申告は被告二木の身柄拘束の間に東京国税局の指示により宇留島和子が二木の意に反して「恭和企業の代理人」として作成したものである。

したがって修正申告の内容について被告二木は確認をしていないし、その意思もなかったものである。

このように原判決が本件単体売買の根拠として引用する二件の申告書はいずれもその実質において過誤によるものであって売買の存在を裏付ける証拠とはなり得ないものである。

四、右譲渡担保の主張が認められないとしても、単体としての本件土地売却代金は三億三〇〇〇万円を除く二三億一三九六万円である。

金三億三〇〇〇万円は恭和企業に入金されておらず、東大興産はその支払意思も能力もなく、会社自体が不存在である。のちにのべるように織田晴行は契約当初からその支払意思はなかったのである。そして三億三〇〇〇万円は実質において東大興産に帰属した。恭和企業には全く当該収益が帰属したことはない。このことは、のちに引用する証拠からも明白である。

そうすると売買であるとしても契約書の文言と実質的な所得の帰属は異なっており、その実質に課税するときは恭和企業の売上金額から三億三〇〇〇万円を控除すべきものである。

第二点 権利確定主義違反(判例違反)

一、最高裁判所の判例によれば譲渡所得の収入金額は当該不動産の譲渡代金に争いがなく確定的に発生し、その不動産の所有権が確定的に相手方に移転したときにおいて当該事業年度に発生したものとして課税するというのである(昭和四七年一二月二六日三小判、昭和四一年(行ツ)一〇二号民集二六巻一〇号二〇八三頁、訟務月報一九巻九一頁)。昭和四八年六月二八日の第一小法廷判決(昭和四六年(行ツ)一一〇号税務訴訟資料七〇号五六四頁)も同旨とされている。

訴訟で争っている収入金については債権者の勝訴判決が確定した時に収入すべき金額として確定する、というのが判例である(昭和四五年七月一五日仙台地判・昭和四二年(行ウ)第八号訟務月報一六巻一一号一三五三頁)。

右仙台地裁判決の上告審において最高裁判所第二小法定は「賃料増額請求が争われた場合における増額分の賃料は原則としてその債権の存在を認める裁判が確定した日の属する年分の収入金額に算入されるべきである」と判示した(昭和五三年二月二四日判昭和五〇年(行ツ)一二三号民集三二巻一号四三頁、訟務月報二四巻四号八五八頁、裁判所時報七三四号一頁、時報八八一号九七頁、タイムズ三六一号二一〇頁等)。

このように権利確定主義は争いのある債権についてはその裁判確定の日をもって権利が発生したものとして取扱うのである。争いのある債権については右最高裁判例と同じく裁判によって確定するほかはないから、賃料以外の債権についても同様に解すべきものである。

二、本件においては金三億三〇〇〇万円につきその債権の存否について係争中であり確定していない。

東大興産(織田グループ)側の供述を列記するとつぎのとおりである。

1、兵頭隆の昭和六一年一一月八日付検事調書第五項一六頁。

2、同人の同日付調書第七項二一頁。

3、同人の同日付調書第七項二四頁。

右供述はいずれも「一六六坪全部の地上げが完成するまでは坪三五〇〇万円しか出せない。五〇〇万円については支払義務はない」として坪当たり五〇〇万円の金員の支払い義務の発生を否定している。

4、水田恒雄の昭和六一年一一月一四日付検事調書第六項一〇頁。

右は本件土地の隣接の地上げを条件として坪五〇〇万円の金員を授受するというものである。

5、織田晴行の昭和六一年一一月一四日付検事調書第一四項一七頁。

6、同人の同日付調書一四項一八頁。

7、同人の同日付調書二七項三六頁。

8、同人の同日付調書三二項四四頁。

9、同人の同日付調書三四項四七頁。

右も本件土地の隣接地である一五-一九(Bブロック)の地上げが済まない限り坪当たり単価は三五〇〇万円であるとしている。

10、織田晴行の昭和六二年九月四日の公判廷での証言調書一〇九頁及び一〇二頁~一〇四頁。

右は本件土地だけでは未完成品であって、一六六坪になって初めて完成品となるのであり、プロジェクト協定書のとおりにまとまらない限り坪当たり三五〇〇万円で清算する約束であった、というのである。

このように、兵頭、水田、織田の三名は口をそろえて坪当たり金五〇〇万円合計金三億三〇〇〇万円は支払義務がないと強調している。

昭和六一年春以降二木は織田に対し再三連絡をとろうとしたが、織田は行方をくらまして連絡がとれず、面談すらできない状況であった。

昭和六一年五月二日には二木に何の連絡もなく南青山から赤坂八丁目七番一八号へ東大興産の本店は移転した。

ついで、昭和六二年六月八日同会社は新宿区歌舞伎町二丁目九番一八号へ移転登記がなされている。

しかし、右歌舞伎町二丁目九番一八号には東大興産の事務所は存在しない。

昭和六三年九月一日付で東大興産は恭和企業に対し「過払金返還請求の件」と題する内容証明郵便を送付した。これによれば坪単価は金三五〇〇万円であるから昭和六一年三月一日付契約分の一五-四、一五-二五については坪当り三五〇〇万円をこえる部分が過払いであり、金八九六一万円の返還を請求するというのである。そして不払いのときは法的手段を講じるとしている。

このように、恭和企業と東大興産の間には本件土地及び一五-四、一五-二五の土地の代金について東大興産は坪当り金三五〇〇万円であるとし、恭和側としては金四〇〇〇万円であるとして係争中であって未確定の状態になっている。

その債権の存否を確認するため恭和企業及び二木は前述のように織田及び東大興産の所在調査を行ったが、その確認すら困難な状況であって訴訟提起もままならない。

このような次第であるからいずれにしても坪当り金五〇〇万円分である合計金三億三〇〇〇万円については債権の存否が未確定である。

原判決は契約書の文言にこだわり、単純に坪当り金四〇〇〇万円で代金が確定したとの認定をしている。

しかし、これは本件取引の実体を無視した形式論である。

三億三〇〇〇万円は現実問題として入金の可能性は皆無であって、実質的に未発生と同視すべきものである。

前述のとおり、実質課税の原則からみても権利確定主義の観点からみても、法律的並びに経済的にその収益の帰属が不存在である限り、三億三〇〇〇万円については譲渡収入がないものとして扱うことが正義に合致するものというべきである。

織田晴行(東大興産)は恭和企業に対し当初から右三億三〇〇〇万円を支払う意思はなかったものである。契約書の形式上(文言)では坪四〇〇〇万円の表示をしたが、これは恭和企業に対し取引を承諾させるためのテクニックにすぎず、坪三五〇〇万円をもって打切ることを前提として計画していたのである。

契約直後から行方をくらましたこと、本店を一ヶ月単位で移転し、短期間に会社を閉鎖したこと、三億三〇〇〇万円については全く支払いがなく現在もその意思も能力もないことからみて、織田は当初から右金員の支払意思及び能力がなかったというべきである。

原判決は織田の態度があとになって変化したものであると判示しているがこれは事実を誤認している。織田はそんな甘い人物ではない。織田の前歴と手口からみても本件土地を利用して形式上は買取価格(仕入価格)を水増しし、実質は坪五〇〇万円分をそっくり手つかずで自己の手に入れるという当初からの計画であったことは明白である。

悲しいことに二木は織田の手口に気ずかず、契約書の文言にまどわされて、坪当り四〇〇〇万円の入金あるものと信じこれに調印してしまった。そのために身柄を拘束されている状態で作成された検事調書においては「四〇〇〇万円で売った」と供述せざるを得なくなってしまったものである。

まさに、二木は織田の「わな」にはまってしまったものである。

このような取引の実体は記録上明白てあって多言を要しないところである。

三億三〇〇〇万円は申告もれ所得の半分を占めるものであり、本件が脱税事犯であるとされたうえ、二木が実刑に処せられるについては大きな要素になっている。この金額の存否は本件の全体の判断に重大な影響を及ぼすことはあきらかである。

担税力の点からみても、公平の観点からみても、右金員が恭和企業の収入となっていない以上原判決を破棄しなければ著しく正義に反するといわねばらない。

第三点 憲法違反

一、原判決及び原判決の是認する一審判決は「本件事業年度における被告会社の実際所得金額が九億七二三一万六八七二円、課税土地譲渡利益金額が九億八一一八万四〇〇〇円であったのに本件宅地二筆の譲渡価格二六億四三九六万円を一九億八〇〇〇万円に圧縮し、架空経費を計上するなどして虚偽の法人確定申告を提出し、法人税の差額四億四八二〇万一七〇〇円を免れた」と認定した。

そして右は法人税法一五九条一項に該当し「不正の行為により法人税を免れたものである」として同法一五九条二項を適用し、被告会社に対し罰金九〇〇〇万円を、被告二木に対し懲役一年六月の実刑をそれぞれ言渡したものである。

二、しかし、右判決の前提となる土地の譲渡価格の認定は第一点、第二点においてのべたように最高裁判例及び法人税法第一一条に違反するものである。そうすると被告会社の本件確定申告は偽り、その他不正の行為によってなされたものではない。

即ち、原判決の認定した実際所得額が誤っているのであるからこれが正当なものとして被告会社の申告を不正であるとするのは前提を欠き著しく正義に反するといわねばならない。

三、憲法第一一条は基本的人権の享有を定め「国民はすべて基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は侵すことのできない永久の権利として現在及び将来の国民に与えられる」とのべている。

又憲法第一三条は「すべて国民は個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権利については公共の福祉に反しない限り立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする。」と定めて個人の尊重と幸福追求権を保障している。

さらに憲法一八条は「何人もいかなる奴隷的拘束も受けない」として不当不正な身柄の拘束を禁止し、その意に反する苦役からの自由を保障している。

そして、憲法第三一条は適正手続きを保障し「何人も法律の定める手続によらなければその生命若しくは自由を奪われ、又その他刑罰を科せられない」と定めた。

「この法律の定める手続」とは適正な税法の解釈適用をも含むものである。

即ち、法人税法第一五九条の適用にあたってはその申告が不正であるか否かについて厳格なる解釈と事実認定を行う必要がある。いやしくも実質課税の原則や、権利確定主義のような税法の基本原則に違反して安易な所得額の認定を行うなどは絶対許されないところである。

四、原判決及びその是認する一審判決の譲渡収入の認定が第一点第二点に指摘したとおり誤りである以上、これを前提として被告人二木に懲役一年六月、被告会社に罰金九〇〇〇万円を言渡すことは右各憲法の条項に違反するものである。

善良な国民が税法解釈の見解の相違により、脱税の烙印を押され、社会的に抹殺されることは許されない。

それは、法律の執行に名を借りて人権侵害を行うものであり、被告らに奴隷的苦役を強制することにほかならない。

原判決がそのまま是認されるときは被告二木は身柄を拘束され、その家族は路頭に迷い、二木の経営する各会社は破産の危機にさらされる。二木の経営する会社の役員及び従業員の生活も破綻することは明白である。

さらに二木の実業家としての将来も絶望となる。

このような過酷な処遇は明白な人権侵害であり人格権の否定である。世上では大企業法人の多額の脱税事件が頻繁に報道されながら、その経営者が脱税で逮捕されたり実刑判決を受けたということはあまり聞かない。

我が国の税法の執行については弱者がいつもいじめの対象とされる、というのが国民一般の感情である。

本件は単なる課税処分の問題ではなく刑事罰の適用による懲役刑の当否が問題となっているのであるから、一層厳格なる課税要件のチェックがなされて然るべきものと考える。

このような観点からみると原判決及び一審判決は外形的文書にとらわれ、形式的論理で譲渡収入を認定し、安易にその所得額を算定しているものであって実体を無視していることはあきらかである。

以上の次第であるから原判決は憲法第一一条、第一三条、第一八条に違反するものであり違憲判決といわざるを得ない。

この点においても原判決は破棄されなければならない。

上告趣意書

平成二年(あ)第五〇〇号

被告人 株式会社 恭和企業

同 二木恭男

右被告人両名に対する法人税法違反等被告事件の上告趣意は次のとおりである。

平成二年八月二九日

右被告人両名弁護人

弁護士 仁藤峻一

最高裁判所 御中

第一、一、被告会社は、健康食品等の商品の販売を営業としており、不動産の取引をなしたのは本件土地がはじめである。

二、被告会社のような小企業が単独で新宿歌舞伎町のいわゆるピンク街を再開発するという事業を遂行するなどという企業能力(資金力、経験等)は絶無であり、当然他の企業との共同プロジェクトによって可能である。

三、そこで、被告会社は、東大興産と新歌舞伎町プロジェクト協定を締結するまでに都市環境開発(株)中本常一、藤方商事、成和地所建物(株)藤田英治、坂田恒男、藤村賢、鯉沼明男等々の不動産業者と前記ピンク街再開発の共同プロジェクトとして事業の遂行をしてきた。

四、共同プロジェクトとの内容は、

1 土地買付資金についての仲介、提供、接待

2 土地買付についての運動、仲介、情報の提供

3 買付土地の販売についての運動、仲介、情報の提供

4 1、2、3、についての必要資金の提供及び、共同プロジェクトが成功した場合の利益分配等々である。

五、前記三記載の共同プロジェクトにおいて、被告会社は、買付、販売等に関する運動、資金の提供、買付資金についての金融機関からの借入金についての利息支払等々について中心的役割を担ってきた。

六、原判決は、被告会社と東大興産との本件土地及びその周辺土地(前記歌舞伎町ピンク街の再開発)の買上げ、転売について共同プロジェクトの協定(新歌舞伎町プロジェクト)の存在を認めているのに、このことは、被告会社が東大興産に本件土地を単体で売り渡した事実とは何ら矛盾するものではないと判示している。

七、右判示内容は、

1 新歌舞伎町プロジェクトが、被告会社と東大興産との間だけの協定であるとしていること

2 共同プロジェクトは、互いに共同事業を成功させるために協力し合う

ということを看過しており到底これを是認し得ない。

八、「新歌舞伎町プロジェクト」の協定の形式的な当事者は被告会社と、東大興産であるが(新歌舞伎町プロジェクト協定書、覚え書)実質的な当事者は前記三記載の被告会社を中心としたグループ、東大興産を中心とした水田恒男、丸住建設(株)のグループである。従って、被告会社と東大興産との間で売買契約が締結されても被告会社は、前記四1乃至三4記載の諸事項について考慮をしなければならない。

九、被告会社は、右売買において被告会社の共同事業者である東大興産であるからこそ、〈1〉手附金五億円の中から無担保で二億円の融資をなし、〈2〉東大興産の融資先の山ビル(株)に売買予約を原因とする所有権移転請求権の仮登記の承諾をしている。これらのことは通常の不動産売買契約では考えられないことである。

一〇、原判決は、〈1〉ないし〈2〉の諸点があっても通常の不動産売買(本件土地が単体売買であるという事実)を否定することにならない旨を判示するがこれを到底是認し得ないことは明白である。

一一、被告会社は、共同事業者で東大興産に対して、前記四1乃至4記載の諸事項を考慮して〈1〉乃至〈2〉の諸点の便宜を計ったもので、通常の不動産売買ではこのようなことはやってはいけないことであり、常識に反する不自然なことといわざるを得ず、原判決のこのようなことは、不自然とはいえずとか東大興産とは敵対関係になった訳でなくという判示内容が到底是認しえないものであることは明らかである。

第二、一、被告人二木は、被告会社の代表取締役として、はじめて、いわゆる新歌舞伎町ピンク街の再開発という不動産の取引の事業を開始した。

二、被告人二木は、当然のことながら、不動産の取引についてはまったくの素人であったため、右事業を遂行するためには資金、知識、経験等について多くの人の協力と援助を必要としていた。

三、そこで、被告人二木は、前項第一、三記載のプロジェクト協定を締結し、右事業を遂行しその成功のための努力を重ねてきた。

四、右再開発事業は一体のものであり、本件土地及び、周辺土地についての個々の不動産の取引が全体の中の部分であるということは、共同プロジェクトが結成された経緯から理解されるところであり、被告人二木が、その主観においてそのように考えていたことは間違いのない事実である。

五、従って、被告会社からの共同事業者への買付運動資金の供与についても再開発地の個々の不動産についてのそれでなく、再開発事業全体のためになされたものであり仮に、右が認められないとしても、被告人二木の主観においてそのように考えていたことは事実である。

但し、被告人二木は、共同事業者に土地買付け等の運動資金等を供与する際に、その共同事業者が土地の買付についての運動をするか否かについて信用できないときには、それを貸付金という名目にして実際にその運動が行われたときにはその資金として供与したことにし、しない場合には返還して貰うという処理をしている。

六、被告人二木は、被告会社グループと東大興産グループとの共同プロジェクトの協定をするに際し、それまでの被告会社中心の共同プロジェクトを放棄し、東大興産中心のプロジェクトを承認した上で将来の利益配分を期待しいわゆる歌舞伎町ピンク街再開発事業を成功させるべく努力するということになった。従って、被告人二木は、東大興産の前記第一、九〈1〉乃至〈2〉記載の要求に応じてきたのである。

東大興産のそのグループがこれらについてどのように考えていたか否かは別として、被告人二木が、その主観において右のように考えていたことは間違いのない事実である。

七、よって、被告人二木は、当然右開発事業と一体のものであると考え、本件土地の東大興産への売却ということも全体の中の一部にすぎず、その観点から右売買も形式的なものであると考えていた。つまり、右開発事業の成功、不成功の結論に到達したときに、はじめて共同プロジェクト事業についての全体の精算が行われるということである。これが共同プロジェクト事業の通常の形態である。

第三、一、被告会社は、新宿歌舞伎町ピンク街再開発の共同プロジェクト事業の継続している最中に法人税、土地譲渡所得税等についての確定申告をしなければならないという時期が到来した。

二、被告人二木は、これまで被告会社が不動産取引をなしたことがないことから、不動産譲渡所得税の確定申告についてはまったく無知、無経験であった。

三、被告人二木も、被告会社が不動産取引によって、経済的な利益を享受していれば当然税金を支払わなければならないということは承知しており、これが一般納税者の標準的な税法的な知識である。

四、租税法は、現実の課税技術の上から、無限の多様性をもつ経済活動について、人の内面的実質的関係にまで立ち入って、具体的な事実を明らかにすることはきわめて困難ないし不可能にちかいということから、所得や財産等が法律形式上帰属する者に経済的、実質利益の帰属するのが通例であることにかんがみて、原則的には、その形式、外観に着目して課税するという表見課税の原則を承認しているが、所得や財産が法律上形式的に帰属する者と、その経済的、実質的利益を享受する者とが異なるような場合には、租税法の基本原理である租税負担の公平の原則に立戻って実質課税が行われることになる。

五、法律上形式的にみると、被告会社の東大興産に対し、本件土地の売買代金債権金二六億四三九六万円(三、三平方メートル当り金四〇〇〇万円)ということになるが、被告人二木は、被告会社と東大興産との間の本件土地について売買契約が共同プロジェクト内のもので、しかも、共同プロジェクト事業が継続中であったため右売買における経済的実質的な利益がどのくらいになるかを正確に把握することが出来なかった。

このことは、前記第一、八、九記載されている等のことの外に被告人二木が、右売買による譲渡利益を算出するについて必要な会計処理の諸原則についてまったく無知であったのであるから尚更であった。

六、被告人二木が、東大興産からの諒解を得ることがなく右売買代金を金一九億八〇〇〇万円(三、三平方メートル当り金三〇〇〇万円)ということにして確定申告書を提出していることが、なによりも右のことを充分に裏付けている。即ち、被告人二木が、本件土地についての売買契約の一方の当事者である東大興産が売買代金を金二六億四三九六万円として確定申告書を提出するであろうことが予測され、当然そのことが直ぐに税務当局に知られるところになるのに、それを金一九億八〇〇〇万円として確定申告書を提出したということは、被告人二木自身に虚偽の確定申告書を提出しているという認識がなかったことを如実に示している。けだし、一般納税者は、直ぐに税務当局に判明してしまうような確定申告書の提出をしないというのが通常だからである。

七、被告人二木が、売買契約上の売買代金が金二六億四三九六万円であるのにそれを金一九億八〇〇〇万円ということにし確定申告書の提出したのは、前記第一、四1乃至4記載のことについてどのくらいの金員を支出したか、これから支出しなければならないのか等のことを考え、それらによって本件土地の売買による実質的な経済的な利益を享受することができるかを推計し、その会計上の処理の方法としてそれらの一部を予め売買契約上の代金から差し引くということにしたことによる。

尚、被告会社が、共同事業者に対する形式上貸付金名目支出している金員についても、その実質が、土地買付の運動費、情報提供料等である場合には、租税法の基本原理である公平の原則によりその実質によって、その土地売買に関する入高、経費等に含まれるものということになる。

八、所得税に関する確定申告の作成については、前記表見課税の原則の立場から種々の税法的評価、その評価について解釈をめぐっての各種の通達がなされる等高度の専門性、技術性についての知識を必要としているが、その税法的評価についての誤り、通達についての違反等の形式的な観点から、逋脱が認められるとしても前記公平の原則による実質課税の原則に違反してない場合には、逋脱あったことにはならない。

特に逋脱犯としての刑罰評価がなされる場合には罪刑法定主義の精神から実質課税の原則は厳格に適用されなければならない。

第四、一、被告人二木の確定申告書の提出が、法人税法第一五九条の「偽りその他の不正の行為により、確定申告に係る法人税額につき法人税を免れ」という逋脱税の構成要件に該当するか、否か、被告人二木の逋脱犯の故意の有無については前記第一、一乃至一一、第二、一乃至八記載を充分に考慮の上判断されなければならず、右の場合「疑わしきは被告人二木の利益」という刑事訴訟法の大原則が判断の重要性で基準とならなければならないことは当然である。

二、右逋脱犯の構成要件である「偽りその他の不正の行為」についての法的意味の具体的な内容について、判例(最高裁昭和四二、一一、八刑集二一巻九号一一九七頁)は「逋脱の意図をもってその手段として税の賦課徴収を不能もしくは困難ならしめるようななんらかの偽計其の他の工作を行うことをいうと解するのを相当とする。」としている。

三、租税法上の表見課税の原則からは、本件土地の売買について原判決の判示したごとく単体売買であるということになるが、租税法の租税負担の公平の原則からの実質課税の観点からは、歌舞伎町ピンク街再開発の共同事業の一部分換言すれば全体の中の部分にすぎないということになる。

四、原判決は、新歌舞伎町プロジェクトの協定の存在を認めていながら租税法上の表見課税の観点のみから右協定の存在が、本件土地の売買を単体売買とするということとは何ら矛盾するものでないとし、実質課税の観点からの租税法的評価をまったく無視しているため、被告人二木の過少申告それ自体で逋脱犯の構成要件を充足するという結論に到達している。

五、しかしながら、法律的形式上の利益と経済的実質上の利益とか異なる場合には、実質課税主義からの租税法上の評価が加えられなければならないのであるから、この観点から被告人二木の過少申告行為について租税法的評価がなされ、その構成要件の該当の有無が論じられなければならない。

六、判例(最高裁昭和四二年七月九日判決刑集三巻一二一三頁)は、詐欺その他の不正行為という構成要件について、「詐欺その他の不正行為が積極的に行われた場合に限る」としており、更に、前記第三、二記載の判例は、不申告行為のほかに帳簿書類の虚偽記入、二重帳簿の作成等の「なんらかの偽計その他の工作」という積極的な作為が伴わなければ逋脱犯の構成要件を構成する不正行為に該当しないとしている。

七、右各判例の趣旨に従うならば、実質課税主義から過少申告行為をするについて、正当な理由その他何らかの理由があれば、当然それは構成要件該当性については消極的な方向に評価されることになる。

八、被告人二木の過少申告行為は、前記のごとくすぐに税務当局に知られることになるものであり「なんらかの偽計その他の工作」というような評価をされるものではなく、前記のごとく本件土地の売買が歌舞伎町プロジェクト事業の全体の中の一部分であることからなされたものであり、実質課税主義の観点から逋脱犯の構成要件該当性について消極的に評価されるべきものである。

九、原判決は、共同プロジェクトの存在していた事実を認めながら本件土地を単体で売り渡した事実とは何ら矛盾するものでないとか、被告人二木が、被告会社の共同事業者である東大興産ないし織田に便宜を計ったという事実を理由として本件土地が単体で売買された事実を否定することは相当でないと判示しているが、これは原判決が単体売買であれば被告人二木の申告行為が逋脱犯の構成要件に該当するという租税法上の表見課税の原則のみに立脚したものであり、実質課税主義の観点をまったく無視したもので到底これを是認出来ない。

けだし、本件土地の売買が単体売買か否かでなく、被告人二木の過少申告行為が逋脱犯の構成要件に該当するか否かが判断されなければならないことであり、そのため共同プロジェクトの存在、共同事業の便宜等々が実質課税主義の観点から、右過少申告行為の逋脱犯の構成要件該当性にどのように影響を及ぼすか、換言すればなんらかの偽計その他の工作がなされたか否かの判断資料とされなければならないからである。

一〇、原判決の右判示内容は、逋脱犯の構成要件該当性に関する前記判例に違反しているばかりでなく、租税法が表見課税の原則と公平の原則から実質課税主義を導入しているのに、刑罰法規である逋脱犯の構成要件該当性について実質課税主義をまったく無視することは罪刑法定主義を定めた憲法第三一条の規定に違反するものではないかという疑いがある。

一一、憲法第三一条は、アメリカの適正手続条項に由来するもので、当然罪刑の法的が適正であることを要求したものである。

従って、刑罰規定について実質的な処罰の必要と根拠が充分に明白に認められるということが必要であり、何が保護法益であるかを充分に見定め、これを刑罰法規を持って保護する必要があることが明確にいえる場合にはじめて刑罰法規を設けることが許されることになる。

一二、租税法が私法秩序の維持のため表見課税主義を承認しているが、他方では租税負担の公平を図るため経済利益という実質に即し課税するという実質課税主義を承認しているので、これをまったく無視した租税法違反の刑罰法規の解釈はその刑罰法規の予想する法的犯罪定型を超えることになるので許されざるものであり罪刑法定主義に違反するものであると言わざるを得ない。

第五、以上述べてきたことから原判決は、

1 憲法第三一条の規定解釈を誤り

2 前記第四、一、六各記載の最高裁判所の判例違反があり、その誤り及び、違反が判決に影響を及ぼすことは明らかであるとともに原判決の認定事実について判決に影響を及ぼすべき重大なる事実の誤認があり、以上の観点から原判決は破棄されなければならない。

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